基本的に私は世間一般で流行っているものは避けがちかつ、集団行動が苦手なタイプの人間で、高校生時代には学園祭を準備段階から一生懸命取り組み、苦労すらも楽しむような集団を見下し、結構嫌な感じでスカしていたりもした。
この前夢の中で、前後の文脈は忘れたが「俺はバンドが好きじゃない」そう向かい合っているもう一人の自分に言ったところ「お前は音楽をバンドという形態で好き嫌いの判断をするのか?ジャンルならまだしも、バンドという形態に嫌悪を表明するというのは、お前自身のコンプレックスがそこにあるからではないのか。」そう返され、すごく納得をさせられた。
実際の所、バンドは嫌いだと言ったら世の中にある大半の音楽は聴けなくなってしまうし、決してバンドの奏でる音楽が嫌いなわけではない。
バンドという、なんか、見えない絆で結ばれている様に見える人の集まり、仲間みたいなもの、それを身近で見せつけられると孤独や疎外感を感じざるを得ない。その不安感と不快感が、嫌い!などと丸ごとくくって吐き捨てざるを得ない気持ちにさせるわけだ。
BANDはBONDと語源を同じくしているらしく、実際にバンドというワードには物理的に束ねるという意味だけではなく、BONDと同じく心の絆という意味合いが内包されているらしい。
心の絆、これは私がスカしていた高校時代でも40代の今でも、致命的に持ち合わせていないもの、疑いながらもずっとなんかちょっと羨ましく思いながらもやっぱ疑っているもの。我が娘とは強めのそれは一応ある様な気はするが、他はどうか。片手の範囲の貴重な友人ともそれはあると思えるし、基本ソロプレイな人間なんだからそれでいいじゃないか!と己に言い聞かせつつも、何かいっぱいないといけないみたいな拭えないこの世間のプレッシャーを感じ続けている。
つい先日UNEXTに出てきた、『Tシャツが乾くまで』という流行りらしいドラマを夕飯中に見てみたところ思いのほか面白く、ハマり、数日をかけて一気見をしてしまった。流行りのテレビドラマに励まされるなんてかなり恥ずかしいが、励まされた。
登場する中年男女は皆、親を疎ましく思い、また世間に強く固定されているあるべき夫婦や家族の絆なるものを疑い出し自問し、自分にフィットする弱いつながりへ移行するという話。そう受け取った。
誰が書いた話か知らないが、東浩紀の『弱いつながり』にインスパイアされているのか、とか思った。ただ私はその本の一切を読んでおらず、タイトルから勝手に内容を想像しただけなんだけど。
東浩紀と津田大介が仲直りしてよかった、なんて赤の他人のおっさんらの喧嘩の終わりにもちょっと励まされたなそういえば。
そんな感じでまあ、適当に気負い過ぎずに生きられるまで生きて、三島由紀夫じゃなく西部邁みたいなそんなに多くの人に迷惑をかけない終わりをすればいいか、と最近思っている。
あ、ちょっと前までFLEAのソロアルバムにレコードは勿論、マーチを数万円分も買い漁るくらいに超どハマりしていたのだが、なんかのインタビューで三島由紀夫が好きだとか言っていたな。
FLEAのこのBAND最高だ本当。


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